月別アーカイブ: 3月 2016

行方不明対応サービス、デイにできる事!

行方不明

ご利用者が、行方不明になった時、デイサービスで何ができるか?
※まだまだ未完成です。アドバイスいただければ幸いです!

1)【デイ】常に身に着けているモノを写真に撮っておく。
⇒指輪、メガネ、カバン、ネックレス

2)【デイ】住所、名前を言えるように訓練しておく。
⇒デイ利用時に、常に訓練。 実際にどうか?

3)【デイ】自分の名前を呼ばれた時に
どんなリアクションされるか調べておく。
⇒「ハイ」と言われるか?
違う名前でわざと呼んでみてどんな反応されるか?

4)【デイ】自分で名前、住所が言える?言えない?
⇒本人を特定しやすい

5)【デイ】歩行時の姿勢は?
⇒左右に少し揺れる、前かがみ傾向、
反り気味、足を引きずる、杖、押し車等理解しておく

6)【デイ】靴は何種類持っているか? 何色か? 
⇒すべての靴を把握していると、
確実な警察への情報提供できる
※捜査願いを出すと同時に、行方不明者の靴には手を触れない。
警察犬の出動もありうる。家族の余計な匂いをつけないようにするため。

7)【デイ】行先の心当たりは、家族に聞き取りをしておく。
⇒家族も他者から聞き取りされることで、注意喚起できる。

8)【家族】GPS等を持たせるのも得策。

⇒必ず身に付けされることが難しいことが難点。

9)【デイ】身長は測って、顔写真は撮っておく。
⇒身長計測と全身の写真、顔写真は重要。

10)【家族】普段より幅広い近所付き合いも重要。
⇒ご近所とのネットワークを作っておく。

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職員が多い時、職員は試される!(デイサービス編)

多い時こそ試される

【職員が少ない時!】
 ⇒職員は頑張って走り回ります!

【普段より職員が多い時!】
 ⇒自分で仕事を見つけなければなりません!

【職員が多い時に、試されるのは・・・】
◎自分で仕事を見つけられるかどうか!
◎お客様を喜ばせる仕事を見つけだすことができるかどうか?
◎企画、提案ができるかどうか?

職員が多い時こそ!
その職員の実力が見えてきます!

ちなみに…
普段より「職員が少ない少ない」と言っている事業所ほど、
職員が少し多くなった時に、途端に個々の動きが
悪くなったりするところがあります!

「職員が少しでも多くなったら、どうしたいか?」
「何をしたいのか?」
を常に考えているかどうかが重要です!

※もちろんこの話は、人員基準は満たしている前提の話です。
※ちなみに…夜勤が足りないとかは別次元の問題です。
  今回の話はあくまでデイの話です!

私!本出してるんですよ!【笑う門にはいい介護】

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本宣伝!!げーて

虐待息子だった頃~現在まで!
在宅介護で悩みまくった日々!
同じ介護士へのメッセージ!

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笑う門にはいい介護
著者 中村学

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介護士は手段と目標と目的を勘違いする!

笑顔にする

介護の存在目的は何かを考えてた。
頭を駆け巡るのは、すべてが
手段、もしくは段階的目標のように思えてくる。

例えば…
歩けるようになる!
したいことができるようになる!
病気にならない!
認知症を防止する!
転倒しない!
出来る事が増える!
生活の質を上げる!

すべてが、目的のようで手段でしかない。
では何を追及した手段(方法)なのか?

それは、喜びと笑顔の追及ではないか?
とたどり着く。

実は、すべてのあらゆる職業は!
人を笑顔にするために
存在している!

笑う門にはいい介護!

生殺与奪は我々にあり!

われわれにあり

介護を必要としているご利用者の
人生、生活そして命を、
我々(介護士)は簡単に左右できてしまう。

生かすも、
殺すも、
与えるも、
奪うも!

生かす(可能性の引き出し、寿命、命のを輝かせ生かす)
殺す(雑な対応、間違った知識、虐待にて殺す)
与える(喜び、楽しみ、感動、満足を駆使し与える)
奪う(苦痛、我慢強要、侮辱にて、喜び、快適さを奪う)
あらゆる追及
我々介護士は
その方にとっての正義の味方が原則!

生かし与える介護士を目指す。

気をつけよう!
我々の一言で殺し、奪う事が簡単にできる。
我々の一言で喜びを与える事も簡単にできる。

4か月の看取り期を笑顔追求しました。


私は母に「死ね」「ふざけるな」「人生がめちゃくちゃだ」
と言い続けました。

私はそんな中で、母から笑顔の大事さを学びました。

3度目の脳梗塞にて
医師より看取り期であると言われました。
それから4か月
私は、母を少しでも笑顔にしようと
頑張りました。
その4か月を動画でまとめました。

母は2月に逝きました。49日を終えて…。

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病院より亡くなったと聞き、駆けつけて、
母に会うなり抱きしめました。
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自宅へ移動する時も、福祉タクシー等は使わず
私の車にて、抱きしめながら帰宅しました。
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亡くなる二週間前が誕生日でした。にぎやかな誕生日会を
子ども達が考えてくれました。
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棺の移動に子ども等も全力で手伝ってくれました。
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母の大笑いしている遺影は自慢です。

2月18日 朝 5時7分 母は逝きました。
私が赤ちゃんの時
母に抱いて育ててもらいました。
だから…
私は母が一番つらい時に抱きしめたかった。
母をとにかく抱きしめて看てやりたかった。

実現できたのは、亡くなってからになりましたが
それが出来た事は、とてもうれしかったです。

三度目の脳梗塞となり
そこから約4か月が看取り期間となりました。

その時より母は笑いもしません。
声も出せません。
食べれません。
胃瘻(胃から栄養)は母の意志より拒否。
表情もほとんど消えました。

それでも家族で母を笑顔にしようと
関わりました。

2月5日に病室で誕生会もしました。

母から学んだ「笑う門にはいい介護」の精神
それを諦めることなく母にぶつけました。

母は間違いなく私の介護感を強くしてくれました。

葬儀は母の遺言の通り
【家族葬式】にて執り行いました。

有線、新聞掲載はしませんでした。
極々最小限度の方にのみお伝えした次第です。

私は母より学んだ「笑う門にはいい介護」を
さらに磨き上げて参ります!

「おかあさん、産んでくれて ありがとう!」
「おかあさんの子どもで本当によかった!感謝!」

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母は母であり